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映画でTOEICリスニング(国際弁護士 湯浅卓)

相手を「全否定」する論理を子音で味わう!/マクベス

 英語を学ぶに当たって、シェイクスピアは避けて通ることはできないでしょう。劇作家、詩人として、近代イギリス英語の礎を築いたといっても過言ではないからです。
 「映画でTOEICリスニング」今回教材とするのは、シェイクスピアの代表作のひとつを映画化した「マクベス」です。

没後400年、4大悲劇のひとつを映画化

(C)STUDIOCANAL S.A / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2015 (C)STUDIOCANAL S.A / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2015

 イギリスを旅すると、どこの土地でも必ずシェイクスピアの舞台劇と出合いますが、古典的価値と現代的解釈を併せ持つシェイクスピアの作品を堪能することは、リスニング力アップにも非常に役立ちます。

 シェイクスピアの精神は、その無数の名セリフとともに、現代社会に大きな影響力を与えているからです。その英語のセリフには、心臓の鼓動のようなリズムと情動が込められています。

 今回取り上げる「マクベス」(Macbeth)は、シェイクスピア4大悲劇のひとつを映画化したものです。欧米での幅広い演技経験とハリウッド大作映画での活躍で有名な、アカデミー主演男優賞ノミネート歴を持つ名優マイケル・ファスベンダーが、マクベスを演じています。

 レディー・マクベスの名で知られるマクベス夫人を演じているのは、アカデミー主演女優賞受賞歴を持つ名優マリオン・コティヤールです。マクベス夫妻を演じる名優2人が語る名セリフは、シェイクスピア劇の精神と躍動を、時代を超えて雄弁に伝えています。ウィリアム・シェイクスピアの没後400年、壮大なドラマと豪華な映像で貫かれた21世紀の「マクベス」の誕生です。

躊躇するマクベスと、けしかける夫人

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 以下は、ダンカン王殺害の実行に躊躇しだしたマクベスと、反対に、それをけしかけるレディー・マクベスとの会話です。夫人は、「ダンカン王殺害を実行することで、自らをさらに高めよ」と急き立てています。

(マクベス)I dare do all that may become a man. Who dares do more is none.
(レディー・マクベス)What beast was't, then, that made you break this enterprise to me? When durst do it, then you were a man. And to be more than what you were, you would be so much more the man.

 日本語訳は次のとおりです。

(マクベス)男たるに似つかわしいことなら何だって、あえてやって見せよう。だが、それ以上のことをあえてやる者は、人間ではなくなってしまう。
(マクベス夫人)それじゃ聞きますけど、この企てを私にお打ち明けになったとき、あなたのなかのどんな獣がそうさせたとおっしゃるの? あえて私にお打ち明けになられた、まさしくそのとき、あなたは男でした。そして、もし、そのときのあなたを上回るなら、あなたは、ますます王たるに相応しいこの世で唯一の男になるのよ。

皮肉たっぷりの「全否定」

 古典英語「was't」は、主語が2人称単数のbe動詞の過去形です。「本来ならダンカン王を守るべき役目にある自分が野心のために、人格者であるダンカン王を殺害するなら、もはや自分は人ではない」というマクベスの懸念を、夫人は「全否定」しています。「では、王位を奪い取ろうという野心に満ちた企てを私に伝えたとき、あなたは、どんな獣に堕ちていたというのですか」と、あざ笑うがごとく皮肉たっぷりです。

 一般的にシェイクスピアのセリフは、多面的な解釈が可能だと考えられています。私がなぜこう訳したかというと、当時の時代背景や、マクベスが王座をねらううえでの映画上の設定、ダンカン王殺害に成功してもマクベスが後継者に選ばれるかどうかわからないという状況、さらにはmanの前に定冠詞theがあるからです。

 また、durstも同じく古典英語で、dare(あえて~する)の過去形です。

【今週の鉄則】大胆な「全否定」の論理展開に度肝を抜かれるな

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 気配り社会の日本とは対照的ですが、マクベス夫人のように「相手の意見を全否定する」場面は、ビジネスでもプライベートでも、欧米では頻繁に遭遇します。

 それは、TOEICのリスニング問題も同じです。たとえば、同僚同士の会話で、相手の提案を全否定するところから始まるリスニング問題もあります。それに度肝を抜かれ、戸惑いを感じて、話の流れについていけず、聞き逃してしまったという声をしばしば耳にするほどです。こうした展開には、十分にご注意ください。

 ただ、マクベス夫妻の会話の背景には、2人の辛い体験があります。長きにわたり厳しい戦場にいたマクベス、そして、その間、孤独とともに辛い体験をしてきたレディー・マクベス。映画ではこうした部分もきめ細かに描かれていますので、その奥行きまでぜひご鑑賞ください。

子音に注目してセリフを分解

 リスニング力アップの観点から、マクベス夫妻のセリフの「子音」に着目してみましょう。先に取り上げた会話を「カタカナ英語」で表すと次のようになります(カタカナ以外のアルファベットが示しているのは子音発音です)。

I dare do all that may become a man. Who dares do more is none.
(アィ・Dエァ・Dウー・オーL・THァT・Mエィ・BィKアM・ァ・MアN。Hウー・DエァZ・Dウー・Mオァ・イZ・NアN)

 子音のリズムの乗り方に注目しましょう。子音Dを強調しつつ、最後は母音を子音Nで挟んだnone(ここでは「人に非ざる者」という意味)という単語で締めています。日本語にはない子音Nの音が「人間ではなくなる」という全否定を効果的に高め、「ダンカン王を殺したくない、イヤだ」というマクベスの強い気持ちを表しています。

 これに対し、マクベス夫人のセリフはどうでしょうか。

When durst do it, then you were a man. And to be more than what you were, you would be so much more the man.
(HWエN・DアーST・Dウー・ィT・THエN・Yウー・Wアー・ァ・MアN。ァND・Tゥ・Bィー・Mオァ・THアN・HWアT・Yウー・Wアー・Yウー・WゥD・Bィー・Sオゥ・MアCH・Mオァ・THア・MアN)

 マクベスのセリフを貫いていた子音Dのリズムを、夫人も子音Dで受けますが、その後、子音Mを多用して猛烈な攻めに転じています。最後は、マクベスの全否定(NアN)の代わりに、「THア・MアN(ザ・マン)」という「全肯定」の言葉で締めています。同じ子音Nで締めても、結論は180度真逆です。さて、2人の運命の歯車はどう回るのでしょうか。

現代社会で遭遇しても耐え難い経験

 野心に取りつかれた「悪の化身」のような扱いを受けることがしばしばあるマクベス夫人ですが、この映画では、マクベス夫人にもマクベス自身にも、それぞれの心の闇を形成する経験があったことを観客に示す、丁寧な演出が採られています。現代社会で遭遇したとしても耐え難いに違いない経験や思いがしみじみと伝えられ、現代人の映画鑑賞に深く配慮した演出になっているといえるでしょう。

 悪に堕ちた後も、それ以前の2人にあったハートの奥を垣間見せる人間的なシーンが随所にちりばめられており、非常に見応えのある作品です。リスニング力のみならず、英語への尽きぬ向学心をも刺激してくれるでしょう。

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相手を「全否定」する論理を子音で味わう!/マクベス

湯浅卓(ゆあさ・たかし)
国際弁護士

 1955年11月24日東京生まれ。港区立白金小学校、麻布中学・高校を経て、東京大学法学部卒業後、UCLA、コロンビア及びハーバードの各法律大学院に学ぶ。国際弁護士としての専門分野はウォール街の銀行法及びIT法の2つだが、ウォール街でのワシントン担当の実務も行う。ワシントンでは複数年にわたり、現地のアメリカ人法律大学院生2年生、3年生の「国際比較法」(4単位)を担当し、英語で授業や試験、採点を行ったこともある。書籍や論稿、並びに政府や地方公共団体、シンクタンクなどでの講演も多数。

 TOEICは、アメリカの名門、Educational Testing Service(ETS)の登録商標です。本連載では、『TOEICテスト新公式問題集』(国際ビジネスコミュニケーション協会)を推奨します。

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