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龍馬の参謀力

一度の会談でキーパーソンの信頼を勝ち取る交渉力(西村克己)

 龍馬は交渉力によって多くの困難を解決していきます。亀山社中の設立のためには、薩摩藩を動かす必要がありました。設立の直前、薩摩藩の西郷隆盛は薩長同盟の対談を約束していながら、長州藩の桂小五郎との対談をドタキャンして、下関でなく京都に逃避しています。龍馬はその時に西郷を責めなかったといいます。その寛大さが西郷に借りを作らせ、亀山社中設立の全面支援につながったと思われます。

一度の会談でキーパーソンの信頼を勝ち取る交渉力(西村克己)

 ユニオン号の購入交渉では、薩摩藩を窓口とし、支払いは長州藩が行うという複雑な契約形態でした。通常であれば、薩長は第一次幕長戦争で対立した犬猿の仲であり、実現不可能な話でした。長州藩はお金をたくさん持っているものの尊王攘夷で幕府を敵に回していたため、幕府から輸入を差し止められていました。軍艦と最新鋭の武器弾薬がのどから手が出るほど欲しかったのです。

 一方、薩摩藩は稲作に適さないシラス(火山灰)地質だったため、米不足に悩んでいました。薩摩藩は名目77万石ですが土地が貧しく実質は35万石ほどで、米よりも奄美産の砂糖によって利益を得ていました。長州藩と薩摩藩の真の要望をつかんでいる龍馬は、薩長経済同盟を提案し、不可能と思われた交渉を可能にしていきます。

 しかしその後、ユニオン号の所有権問題に悩まされます。龍馬の交渉術によって、薩摩藩には桜島丸、長州藩には乙丑丸(いっちゅうまる)という名前を使い分け、亀山社中が使うことを許可されますが、最終的には長州藩の所有になりました。

 薩長同盟の交渉は、1866年(慶応2年)1月8日、京都の薩摩藩邸(現在の同志社大学がある地)で行われました。薩摩藩は西郷隆盛を中心とした7人、長州藩は桂小五郎1人でした。

 ところが、両者の話し合いは進みません。おいしいものを食べ、差し障りがない話を続けて、打開策がないまま2週間近くがたとうとしていました。龍馬が薩摩藩邸入りしたのは、20日のことです。大阪城代・大久保一翁との会見が18日、それを終えて京都入りしたのです。

 硬直していた会談を前進させたのは、龍馬の一言です。「薩長同盟は、薩摩や長州だけの一藩の問題ではない。これは日本全体の問題である」と西郷隆盛に言ったのです。これに心を動かされた西郷は、長州藩に同盟を申し込みました。長州藩はもともと薩長同盟を望んでいたのですが、第一次幕長戦争で敗れたメンツを気にして切り出せませんでした。西郷の同盟提案に桂小五郎も喜んで合意します。龍馬が到着した翌日のことでした。

一度の会談でキーパーソンの信頼を勝ち取る交渉力(西村克己)

 龍馬が交渉術において、論理的だった面もうかがい知れます。薩長同盟が成立し、亀山社中は解散、土佐藩の海援隊へと移行していきます。1867年4月24日、龍馬の乗ったいろは丸は長崎から武器弾薬を大阪に運ぶ途中、紀州藩の明光丸と衝突し沈没します。龍馬は衝突したと同時に、明光丸の航海日誌を押収して裁判に備えました。

 即刻長崎で、紀州藩に対して損害補償交渉をします。当時、徳川御三家の紀州藩に対して、そうした行動を起こすことは常識では考えられませんでした。泣き寝入りが当たり前だったのです。しかし龍馬は裁判を起こし、勝訴困難な談判が長崎奉行で始まります。10月、薩摩藩の調停によりいろは丸は勝訴、紀州藩から海援隊に1万5345両が支払われました。

 龍馬は裁判中、「船を沈めた償いは、金を取らずに国をとる」という歌を長崎の市中に広めて世論を有利に導きました。また、論理的な面では、「万国公法」(英・仏・米・ギリシャの4カ国が定めた海事国際法)に照らし合わせた裁定を一貫して要請しています。

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一度の会談でキーパーソンの信頼を勝ち取る交渉力(西村克己)

西村 克己(にしむら・かつみ)
ナレッジクリエイト代表取締役、日経ビジネススクール講師

 1982年東京工業大学大学院経営工学科修了。富士フイルムを経て、90年に日本総合研究所に移り、研究事業本部主任研究員として経営コンサルティング、社員研修会などを多数手がける。2003年から芝浦工業大学大学院教授を経て08年客員教授。現在、昭和ホールディングス社外取締役、株式会社ナレッジクリエイト代表取締役。専門分野は、経営戦略、戦略思考、プロジェクトマネジメント、ロジカルシンキングなど。
 著書は『持たないで儲ける会社』(講談社+α新書)、『1分間ドラッカー』『1分間コトラー』『1分間ジャック・ウェルチ』(以上、SBクリエイティブ)、『ゼロから始めるプロジェクトマネジメント大全』(大和書房)『問題解決フレームワーク44』『戦略決定フレームワーク45』(学研パブリッシング)、『ポーター博士の「競争戦略」の授業』(かんき出版)など120冊を超える。

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