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21世紀の企業倫理と経営命題~コンプライアンス超えたIKEAのCSR

早稲田大学ビジネススクール平野正雄教授のコーポレートガバナンス論(5)

マルチステークホルダー論は株主価値経営の対立概念ではない

 これまで本稿では、デファクトスタンダードと言える株主主権のガバナンス論を中心に、経営と組織の規律問題を広く論じてきた。しかしながら、現実の経営は、従業員、取引先・協力会社、銀行、地域社会、規制当局など、多くのステークホルダーとの関係性の上に成り立っていることは言うまでもない。

 このような多くのステークホルダーの利益を考慮しながら行う経営をマルチステークホルダー経営論と称し、一時期は株主をシングルステークホルダーとする株主価値経営への対立概念で語られることもあったが、それは今や下火になった。なぜなら、持続的に株主価値を創造するためには、これら全てのステークホルダーとの良好な関係性を構築することは不可欠だからである。

 また、株主価値経営とは株主だけに尽くす経営ではなく、株主価値創造を規律とする経営であることは再三述べてきたところである。従って、マルチステークホルダー論は、株主主権のガバナンス論への対立概念とはならないのである。

 では、企業の社会的責任を問うCSR経営と、マルチステークホルダー論との違いは何か。同様に、CSR経営も株主価値経営と対峙し、それを置き換えるような概念ではない。だが、CSR経営が盛んに取り沙汰されるようになったのには、今や国家や政治、あるいはアカデミアやNPOだけでは解決できない様々な社会的課題、例えば環境・資源問題、あるいは貧困・格差問題などに対して、社会の重要な構成員である企業が自らの責任を果たしていくべきである、という問いかけが高まったことがある。あるいは企業は人的資源や天然資源を使用して経済活動をしているのだから、それらの有限資源の再生産や成長の責任がある、というのも重大で正当な主張である。これは、マルチステークホルダー間の利害調整とは次元が異なる重たい問いかけである。

 そして、企業の社会倫理的活動に対する監視の目も高まったことにより、CSRが企業のガバナンス上の重大な要素になったのである。それは、国やローカル政府による様々な規制や指導に始まり、数々のNPOが分野別に企業行動に目を光らせるようになったことが大きい。さらに、従来からの伝統的なメディアに加えて、インターネットのSNSの普及などにより、企業のあらゆる活動は、かつてと比較にならない程厳しくモニタリングされるようになったのである。

 また、市場・投資家層も企業の社会的活動と企業価値創造の関係性に注目するようになった。具体的には、SRI(社会的責任投資)やESG(環境・社会・ガバナンス)投資と言われる投資手法が拡大してきているのだ。

コンプライアンスを超えたIKEAのCSRへの取り組み

 実はSRI自体は伝統のある投資スタイルで、もともとはキリスト教の価値観に基づいて、たばこ、アルコール、ギャンブル、あるいは武器など、社会的にネガティブな評価を受けている企業への投資(Sin Investment)を控えることであった。それが近年では転じて、SRIは、自社の短期利益を超えて、社会的に責任ある行動をとる企業に投資するポジティブスクリーニングを意味するようになった。

 ESGは、よりストレートに、企業による環境や社会問題への関与とガバナンスへの姿勢から、投資を選別していくスタイルである。いずれにせよ、企業の社会的な行為が株主価値創造に大きな影響がある、という認識が確立したからこそSRIやESG投資が台頭してきているのだ。このように、CSRがコーポレートガバナンスの重大な要素としても定着してきたことが分かる。

 とは言え、CSR経営の範囲は広く、とても本稿では論じきれない。そこで、CSRが実際の企業の経営判断や行動に与える影響に焦点を当てて、具体的な事例を見てみよう。取り上げるのは、北欧の家具メーカーIKEAのCSRへの取り組みである。

 IKEAは、家具の材料調達のために、木材などの天然資源を消費し、また廉価な加工組み立てのために新興国の安い労働力に依存している。これは至って経済合理的な行動である。そのIKEAが、安い労働力を求めて参入したインドの加工委託先の工場の一つで児童労働の問題が発覚したのだ。

 それまでのIKEAによる監査をかいくぐり、法令違反の児童労働を行わせていたのは現地の委託先であるので、IKEAとしてはその企業との委託契約を解除して、委託先を変更すれば、コンプライアンス的には片付くことであった。だが、IKEAでは、その問題を起こした委託先との契約を直ちに解消することなく、政府や現地NPOとも協力して、子供の教育基金を創設し、地域に学校の設立まで行った。

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