注目の映画を見ながらTOEICにリスニング力を強化する「映画でTOEICリスニング」。連載6回目の教材は、そんな「英語に集中」と「耳休め」が同時にできる「グランドフィナーレ」です。
これまでの人生を振り返る
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英語リスニング力を高めるためには、嵐のような怒涛の聞き取りが役立つときもあれば、優しく噛んで含めるような英語に耳を傾けることが役立つときもあります。そんな英語を味わえるのが、イギリスの名優マイケル・ケイン主演の映画「グランドフィナーレ」(YOUTH)です。
映画では、セレブたちが休暇先として集うスイスのリゾート施設を舞台に、有名作曲家がそれまでの人生に苦悩する自分から再生し、未来に真摯に向き直る姿が描かれています。世間から長年離れて暮らすイギリス人音楽家フレッド役を、アカデミー助演男優賞受賞歴を有する名優ケインが、娘のレナ役を、アカデミー助演女優賞受賞歴を有するレイチェル・ワイズが演じています。
原題のYouthは、いわゆる「青春の若さ」を意味することもあれば、より広い意味で「人生における子供時代と円熟期のあいだ」を指す場合もあります。マイケル演じる有名作曲家のフレッドは、後者の意味における名演技をたっぷりと見せてくれます。
また、フレッドの親友で映画監督のミック役を、アカデミー助演男優賞ノミネート歴を持つ名優ハーヴェイ・カイテルが、ミックが主演女優として思い描く大女優ブレンダ役を、アカデミー主演女優賞受賞歴を有する名女優ジェーン・フォンダが演じています。
見どころは少年との出会い
見どころは、フレッドと、彼が作った曲を演奏する少年との出会いのシーンです。少年は、ギーコ、ギーコと軋む音を鳴らしながら下手なバイオリンで、ある曲を演奏しています。
(フレッド) | Do you know who composed the piece that you are practising? |
(少年) | No, who? |
(フレッド) | Me. |
(少年) | I don't believe you. What's it called? |
(フレッド) | ”Simple Song number 3” |
日本語訳は次のとおりです。
(フレッド) | 君がいま練習している曲を誰が作曲したか知っているかい? |
(少年) | いや、誰? |
(フレッド) | 僕さ。 |
(少年) | 信じらんないよ。何て曲? |
(フレッド) | 「シンプル・ソング#3」。 |
ユニークな対話の展開をつかめ
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家庭をないがしろにし、娘のレナとも十分な時間を持てなかった自分の人生を強く後悔しているフレッドは、それを償うかのように、偶然出会った少年に演奏の手ほどきをします。その短い時間は、フレッドにとってもたいへん充実した幸せな時間です。フレッドを演じる名優マイケルの英語の温かさが私たちの心にしみ込んでくる名シーンです。
他動詞の現在進行形practisingはイギリス英語綴りです。アメリカ英語ではpracticingです。the pieceは「作品、小曲」という意味です。
また、上記の対話が、日本の会話の常識と真逆だという点にも注目してください。初対面で作曲者だと言う相手に、まず「あなたは誰なの?」と尋ねるのが日本の常識ですが、少年は曲名を尋ねています。それは、フレッドが「the piece that you are practising(君がいま練習している曲)」と言ったからでしょう。曲名を思い出すことすらおぼつかない少年は、相手が誰であるかよりも、曲名は何かを優先しています。
くしくも、この名曲は、フレッドが悔やむ過去の象徴です。しかし、この名曲が、フレッドを過去の自分から再生し、未来に向けて力強く踏み出すための架け橋となるのです。
こうしたユニークな対話の展開を理解することも、TOEICリスニングで大いに役立ちます。
【今週の鉄則】強くリズミカルに発音される動詞に注意
リスニングの観点からは、フレッドのセリフ「Do you know who composed the piece that you are practising?」のなかで、3つの他動詞(know、composed〔カムポウズド〕、practising)がリズミカルに続いている点にも注目してください。ここがリスニング・ポイントです。
特に、関係代名詞thatが入った英文のリスニングでは、動詞の聞き取りが肝要です。関係代名詞が弱く発音される分、アクセントが置かれる動詞は強くリズミカルに発音されます。このことに注意するだけで、リスニング力は大いに飛躍するでしょう。
子供への投資こそ最高の投資
では、さらにちょっと先の2人の会話もご覧ください。
(少年) | My teacher makes me play it. He says it's a perfect piece to start with. |
(フレッド) | Yes, well, he is right. It is very simple. |
(少年) | It's not only simple. |
(フレッド) | Oh, really? |
(少年) | It's also really beautiful! |
日本語訳は次のとおりです。
(少年) | バイオリンの先生に弾くように言われてるんだ。先生が、初心者にはピッタリな曲だって教えてくれた。 |
(フレッド) | そうだね、ええと、先生が言うとおりだよ。その曲はとってもシンプルだ。 |
(少年) | この曲はシンプルなだけじゃないよ。 |
(フレッド) | へえ、本当かい? |
(少年) | この曲は、本当に美しいんだ! |
少年は、過去の自分に疲れたフレッドを癒やすように、温かい感想を述べてくれます。
「子供への投資こそ最高の投資」とウォール街でもしばしば語られますが、そこには、わが子からの親孝行こそ親にとって究極の喜びであることや、子供世代への教育の大切さといった意味が網羅的に込められています。この2人の会話は、そのことを象徴的に教えてくれます。
少年の対応によって変化していくフレッドの心理を演じ抜くマイケルの名演技は、本作品の最高の見どころであり、そこでのセリフは最高の聞きどころです。
現代社会に消費されるな
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映画では、大人が抱える人生の深い悩みを見抜き、光を与えてくれる少女も出てきます。さまざまな世代の名優たちの役まわりが極めてハイレベルに設定されており、そのクオリティーの高さは驚くべきです。
ひとつ、筆者の分析も披露しましょう。映画には、ベテラン映画監督のミックが大勢の人たちに囲まれる幻想シーンが出てきます。これは、ミックというより、ミックの無二の親友であるフレッド役を演じるマイケルの名声を不動のものにした1972年の映画「探偵スルース」(シェークスピアと映画の伝説的名優ローレンス・オリビエとの共演)のなかの印象的な名場面への華麗なオマージュと見ることができるでしょう。
現代社会に「消費」される人生ではなく「子供への投資こそ最高の投資」という奥深い教えを体現した名シーンを通じて、「過去は過去として、未来に真摯に向き合うハートにこそ人生の意味がある」というこの映画の精神を、美しい音楽と名セリフとともにご堪能ください。
作品名:グランドフィナーレ
公開:公開中
配給:ギャガ
監督・脚本:パオロ・ソレンティーノ
撮影監督:ルカ・ビガッツィ
音楽:デヴィット・ラング
出演:マイケル・ケイン/ハーヴェイ・カイテル/レイチェル・ワイズ/ポール・ダノ/ジェーン・フォンダ 他
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湯浅卓(ゆあさ・たかし)
国際弁護士
1955年11月24日東京生まれ。港区立白金小学校、麻布中学・高校を経て、東京大学法学部卒業後、UCLA、コロンビア及びハーバードの各法律大学院に学ぶ。国際弁護士としての専門分野はウォール街の銀行法及びIT法の2つだが、ウォール街でのワシントン担当の実務も行う。ワシントンでは複数年にわたり、現地のアメリカ人法律大学院生2年生、3年生の「国際比較法」(4単位)を担当し、英語で授業や試験、採点を行ったこともある。書籍や論稿、並びに政府や地方公共団体、シンクタンクなどでの講演も多数。
TOEICは、アメリカの名門、Educational Testing Service(ETS)の登録商標です。本連載では、『TOEICテスト新公式問題集』(国際ビジネスコミュニケーション協会)を推奨します。