私のバブルの理論はこうだ。まず、市場には楽観派、悲観派、および中間派の3つのグループがある。楽観派と悲観派は常に楽観的でありまた悲観的である。これらは固定層である。中間層はそうではなく移ろいやすく局面が変化すると楽観的あるいは悲観的になる。大勢の中間派が楽観派に転じるとバブルが生じる。また、彼らはもともと浮動層であるので悲観に転じるのも早い。これがバブルの崩壊である。
私は不動産市場の現場でこれらのグループの動きに触れる機会がある。また、これを確認するデータの1つは銀行の貸出動向(日本銀行)である。過去2回の不動産バブル期には全産業に対して不動産業へ著しく偏った貸出が行われていた。今回はそうではない。
インフレーションでは通貨の膨張によって価格は上昇するが、市場参加者の楽観、悲観、および中間の各集団のシェアは変化しない。
4 アメリカが主導権を握っている
日本の不動産価格は下落に転じている。直近では、これを肯定する意見が不動産市場の現場のプロたちからも聞かれるようになった。また、統計データもこれを支持している。例えば、日本の不動産投資総額は2014年以降減少に転じている。東京銀座の地価上昇も直近では鈍化している。首都圏マンションに関するアンケート調査でも過半のデベロッパーが価格上昇の余地には否定的である。これが正しいとすれば、日銀が金融緩和を続けているにも関わらず不動産価格が下落するのはどういう理由によるのだろうか? 結論を先に述べれば、日本の不動産価格インフレの行方は日銀ではなくアメリカが握っているということだ。
その証拠は次の通りである。図1.3は不動産株価の変動とその変動をもたらしたイベントのタイミングを示したものである(ここでの株価は「イベント・スタディー」という分析で用いられる「累積異常リターン」という数値に変換したものである)。この図から、次のことが分かる。今回の不動産株価の上昇は、安倍政権が誕生する3カ月前、つまり米国FRBの第3弾の量的緩和政策の導入が発表された12年9月に始まった。
図1.3 日米のリフレ策と不動産株の累積異常リターン
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また、アベノミクスおよび日銀の異次元の金融政策が発表された時点で不動産株価は大きく上昇していたが、その後のFRBの量的緩和の縮小(テーパリング)という政策の転換によって、それまでの価格の上昇分が剥落した。さらに、東京オリンピック開催決定という「神風」が吹いたが、その後のFRBによる債券購入の停止のニュースによりこの効果も消し飛んだ。14年以降、日銀は追加的な金融緩和・量的緩和、そして16年にはマイナス金利政策を導入したが、不動産株価が13年末のピークを越えることはなかった(前出の図1.1を参照)。
結局、日本の不動産市場の中長期の大きなトレンドはアメリカの金融政策が決め、日本の金融政策はトレンド周りの短期的な変動に影響を及ぼす程度にすぎない。国際金融、円ドルの為替レートを決めるのはアメリカであると指摘されているが(高田創『これだけは知っておきたい国際金融』きんざい)、一般にはローカルと考えられている日本の不動産価格の大勢も「孫悟空とお釈迦さまの手のひら」のごとく、アメリカの事情で決まっている。
最後に、非伝統的な金融政策のもとで日本の不動産価格はインフレになったが、米国の金融政策の正常化の影響を受けてこのインフレはしぼみつつある。これがニューノーマル・ブームの1つの側面である。
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早稲田大学ビジネススクール教授
専門分野は、インベストメント、応用ファイナンス
防衛大学校卒業、日本大学工学修士、東京大学工学博士。計算幾何学や人工知能(機械学習)を不動産の価格評価や都市設計に応用する研究に従事。英国ケンブリッジ大学留学中に新しい実学「不動産金融工学」を創始する。2004年より現職。東京大学、京都大学、および慶應義塾大学で客員教授を歴任。2013年Asian Real Estate Academic Society会長。2007年より日本不動産金融工学学会会長。
主な著書:『入門不動産金融工学』、『リアルオプションの思考と技術』(いずれもダイヤモンド社)、『不動産市場の再浮上の条件』、『不動産マーケットの明日を読む』(いずれも日経BP社)、『不動産金融工学』、『不動産エコノミクス』(いずれも清文社)、”International Real Estate; An Institutional Approach”(Oxford; Blackwell Publishers),翻訳書には『リアルエステート・ファイナンス』、『不動産投資ゲーム』(いずれも日経BP社)など多数。