第23回 「とはいえ」 懐に入ってから技をかける
え、あの堀さんですか?
拙著の読者の方と初めてお会いすると、たいていは驚かれます。「え、あの○○を書かれた堀さんですか?」と。紺ブレ+チノパンにデイパックを背負って現れるからです。ましてや、「根っからの関西人です」と言うと、意外な顔をされます。
たしかに、ロジカルシンキングと聞くと、黒のスーツにエンジのネクタイをした東京在住の経営コンサルントをイメージしがちに。だからといって、私のような人間がいたらいけませんかね。
また、関西人だと知ると、かなりの確率で「昨日は、阪神、惜しかったですね」と野球の話題を持ち出されます。う~む、その話題はやめてくれ……。
たしかに、関西に阪神ファンが多いのは事実です。だからといって、すべての関西人が阪神ファンとは限りません。特に、私のように阪急沿線に住んでいる人の中に、阪神を毛嫌いしている人が少なくありません。今でこそ一つの会社になりましたが、沿線のカラーがまるで違いますから。
第16回で「おおよそ」とザックリ考えることの大切さを伝えました。それは賢い方法なのですが、一般(平均)的にそうであっても、個別がそうとは限りません。無理に当てはめてしまうと、このような誤った判断をしてしまいます。
ちなみに、関西の食べ物というと串カツを思い出す人がいるかもしれませんが、あれは大阪のごく限られた地区(下町)での話。大半の関西人は、串カツを食べる習慣はありません。食べるとしたら、東京などから来た友人をもてなすときくらいです。誤解なきよう……。
「たしかに」「とはいえ」をセットで使う
今回紹介するフレーズが、「とはいえ」(だからといって、であったとしても)です。前文を踏まえ、反対の内容を出すときに使う言葉です。論理の歪みを正すときによく使います。
前回、何でもかんでもイチャモンをつけるのではなく、認めるところは認めよう、という話をしました。是々非々で言えば、「是」の話です。
それに対して、今回は「非」です。相手への配慮を考えれば、是を出してから非を出すのがスマートです。「たしかに」と「とはいえ」をセットで使うのがパターンとなります。柔道で、相手の懐に入ってから技をかけるのと同じです。
OK たしかに、人材育成は即効性のある投資ではありません。とはいえ、何もせず放置していると、ジワジワと組織をむしばんできます。
予想される反論に予防線を張るときも、「もちろん」と「だからといって」をセットで使うと、「お、こいつできるな!」と思わせることができます。
OK もちろん、出世には運がつきまといます。だからといって、それをただ待つのではなく、積極的に運をつくりだしていかなければなりません。
相反する2つの側面で検討する
「たしかに」「とはいえ」のセットが威力を発揮するのは、相反する2つの考え方を比較検討するときです。
世の中の対立軸にはパターンがあります。冒頭の阪神の話はそのうちの一つ、「一般/個別」の事例でした。
この他にも、「理想/現実」「変化/安定」「原則/例外」「成長/成熟」「目的/手段」「絶対/相対」「最適/満足」「自律/平等」「個人/集団」「論理/感情」「善悪/損得」などがあり、数え上げればキリがありません。たとえば、「理想/現実」の場合はこのようになります。
OK もちろん、理想を言えば○○がよいにきまっています。とはいえ、現実の会社の状況を考えれば……。
もちろん、理想と現実のどちらかが常に正しいわけではありません。双方の視点で考えた上で、上手くバランスさせたり、両立できるアイデアを考えたり、その時点でのベストの答えを出すしかありません。
あくまでも、ここで述べているのは、是と非の両方視点で考えることの大切さについてです。そこからどんな結論を導くかは、目的や状況次第です。
因果の誤りを指摘するのに便利
もう一つ、「たしかに」「とはいえ」のセットが活躍するシーンがあります。論理の誤りを指摘するときです。たとえば、次の主張にどう反論すればよいでしょうか。
NG 苦境に立ったときは、強みに特化するに限る。だから、我々も強い領域に集中して、苦境からの脱出を図るしかない。
前段は、経営のセオリー(原理)としては間違っていません。一般的には、そう言われていますし、そういう事例もたくさんあります。
では、後段はどうかといえば、前段が正しいなら悪くない結論です。ただし、これだけしかないかと言われれば、そうとは限りません。「コストを切りつめる」「新商品を開発する」といった、別のやり方も考えられます。「しかない」と限定するのは、やり過ぎです。
エジソンが天才だったとしても、天才がエジソンとは限りません。それと同じ話です。つまり、「AならばBである」としても、「BならばAである」とは限らないのです。間違いやすい論理の誤りであり、反論としては次のようになります。
OK たしかに、強みに特化すれば苦境から脱出できるかもしれません。だからといって、強みに特化することだけが、苦境から抜け出るための方法とは限りませんよね。
違ったカードを横に並べていく
ロジカルシンキングの本を読むと、必ず「結論を先に」「主張をハッキリ」と書かれています。本稿でもそのような説明をしてきました。
それは間違いではないのですが、相手に反論するときは注意が必要です。「結論から言えば、あなたは間違っています」と頭ごなしに否定されると、防衛モードをオンにしてしまうからです。
それよりは、他の選択肢を示すことで、違った考えがあることに気づかせるほうが得策です。トランプで言えば、相手のカードを取り除いて自分のカードを置くのではなく、相手のカードの横に、違ったカードを一枚ずつ並べていくように。
NG あなたの考えは不十分です。私の考えのほうが優れています。
OK たしかに、あなたの考えは素晴らしいです。とはいえ、それが唯一の(最善の、完璧な)選択肢かといえば、そんなことはないはず。たとえば……。
どうですか。随分、ロジカルかつ紳士的に聞こえませんか。こう言われると、相手も他の考えを吟味せざるをえなくなります。
たしかに、こういった言いまわしはやや回りくどいかもしれません。だからといって、いつもストレートにやればよいとは限りません。こういったロジカルかつていねいな言いまわしをマスターしておくと、いざというときに役に立つこと間違いなしです。
「最強のロジカルシンキング」は毎週木曜更新です。次回は10月6日の予定です。
◇ ◇ ◇
![]() |
堀 公俊(ほり・きみとし)
日本ファシリテーション協会フェロー、日経ビジネススクール講師
1960年神戸生まれ。組織コンサルタント。大阪大学大学院工学研究科修了。84年から大手精密機器メーカーにて、商品開発や経営企画に従事。95年から経営改革、企業合併、オフサイト研修、コミュニティー活動、市民運動など、多彩な分野でファシリテーション活動を展開。ロジカルでハートウオーミングなファシリテーションは定評がある。2003年に「日本ファシリテーション協会」を設立し、研究会や講演活動を通じてファシリテーションの普及・啓発に努めている。
著書に『ファシリテーション・ベーシックス』(日本経済新聞出版社)、『問題解決フレームワーク大全』(日本経済新聞出版社)、『チーム・ファシリテーション』(朝日新聞出版)など多数。日経ビデオ『成功するファシリテーション』(全2巻)の監修も務めた。