第20回 そうすれば 自分が何に貢献できるのか?
世界の難民に眼鏡を寄贈する意味
北海道に富士メガネという眼鏡販売会社があります。「見る喜びに奉仕する」ことを社是としており、全国67店舗のネットワークを展開しています。
富士メガネでは、毎年、世界の難民に眼鏡の寄贈を続けています。昨年は、アゼルバイジャンに社員自らが入り、地域紛争によって故郷を追われた国内避難民や近隣国からの難民のために、4145組の眼鏡をプレゼントしました。
一昨年、この活動に参加した同社の岡本真実氏は、「メガネを掛けた瞬間のこぼれる笑顔と『ヤクシー(見える)』という言葉もいただき『見える喜び』に貢献できたことを本当にうれしく思います」と述べています(同社ホームページより)。
毎日の仕事に追われると、「自分の仕事が誰のどんな役に立っているか?」を忘れがちになります。同社でいえば、「眼鏡を販売する」「受発注を管理する」「店舗をマネジメントする」といった個々の仕事の本当の意味を見失いがちになります。立派な企業理念が額縁に飾ってあっても、普段それを実感することは少ないものです。
こういった活動をすると、「自分が何に貢献できているのか?」「企業理念が何を言わんとしているか?」が、身に染みて分かります。仕事へのモチベーションが高まり、チームへの愛着や忠誠心も芽生えてきます。
皆さんは、自分の仕事の意味を実感されていますか。人と一緒に仕事をするときに、ちゃんと意味を伝え合っていますか。言葉だけではなく、意味が通じ合ってこそコミュニケーションです。
どんなよいことがあるのか?
私たちは、人に何かをお願いする時に、どうしても「必要性」だけを力説しがちになります。「なぜ、○○しなければならないのか?」「どうして、○○すべきなのか?」を語って、相手を何とか説得しようとするのです。営業でもプレゼンでも。
それはまっとうなやり方ではありますが、相手の心を動かすのに十分ではありません。必要性だけ言いたてられると、やらされ感が募ることがあるからです。
もう一つ大切なのが、「○○すれば、どんなよいことがあるのか?」「○○が、誰のどんな役に立つのか?」と、「効果性」すなわち効用や便益を語ることです。
活用したいフレーズとしては、「そうすれば」(それによって、その結果)です。どんな未来が開けるのか、どんな結末を迎えるのかを語るときに使います。
NG 「残業してくれよ。そうでもしないと、期限に間に合わないんだ」
OK 「残業してくれよ。そうすれば、期限に間に合って、お客様が喜んでくれるだろう」
OK 「残業してくれよ。その結果、期限に間に合えば、部長の鼻を明かすことができるよ」
こんなふうに、必要性と効果性の2つがそろったときに、依頼事項の意味が明らかになり、説得力がグッと高まります。
本人のメリットがあればさらによし
加えて、依頼される人にとっての効用があれば言うことなし。大義名分を持ち出されても、本人のメリットがなければ、「なんで私なの?」となって、心が動かされないからです。
だからといって、取引しようというのではありません。あくまでも、本人の自発的に動きたくなるような便益に気づかせるのです。
そこで思い出してほしいのが、第16回で述べた価値の話です。「人が求める価値は大きく8~9種類に分かれる」という話をしたのを覚えているでしょうか。
たとえば、「お客が喜ぶ」と聞いてやる気が出るなら、誰かに奉仕したり、他者に貢献したりすることに喜びを見いだす人です。挑戦を求める人には、この言い方は響きません。
「どんな傾向がある人なのか?」がおおよそ分かれば、相手が食いつきそうなメリットを提示してみましょう。分からなければ、片っ端から並べて、どれかがヒットすることを願うのみです。
OK 「そうすれば、後は好きなようにやれるから」(求める価値=自律)
OK 「それによって、きっとお客は心から喜ぶと思うよ」(求める価値=奉仕)
OK 「その結果、完璧に仕上げられたらうれしいじゃないか」(求める価値=完全)
表の目標と裏の目標が起こすジレンマ
実際には、「自分がどんな効用を求めているか?」を気づかない人がたくさんいます。それが、知らず知らずのうちに、悩みをつくりだしていることがよくあります。
一つ例を挙げましょう。ある人が、「部下に仕事を任せられない」ことで悩んでいるとします。そういう人に限って、任せたほうがよいのは分かっているのに、つい自分でやってしまいます。意に反して、まったく逆の行動をとってしまうのです。
なぜ、そうなるかと言えば、逆の行動を取ることで得る便益があるからです。自分の力を誇示したい、完璧に仕上げたい、達成感を得たいといったように。普段あまり意識していない、隠れた欲求が、部下に仕事を任すことの足を引っ張っているわけです。
「分かっちゃいるけどやめられない」といった悩みの大半はこの構造になっています。表の目標と裏の目標がジレンマを起こしているのです。それは、自分を守るために備わっている免疫機能である。そう考えるのが、教育学者R・キーガンの「免疫マップ」の考え方です。
この構造が分かったら、ジレンマを解消する道筋が見えてきます。まずは、裏の欲求をつくりだしている大元を探します。それこそが、自分が大切にしている信念です。
先ほどの例で言えば、「自分の力を誇示したい」という隠れた欲求の前提は何でしょうか。おそらく、「上司は部下に尊敬されるべきだ」「リーダーは強くあらねばならぬ」といった信念です。
それが見つかれば、第13回で述べたように、いついかなる場合にも通用するのかを点検してみましょう。あるいは、少し融通を効かせてみて、大きな支障がないことを確かめてみるのもよい方法です。そうやって、少しずつ信念を緩めていけば、いつかジレンマは解消に向かうはずです。
「正直者がばかを見る」ことがないように
話を戻しましょう。チームや本人にとっての効用を明らかにしても、相手の反応がよくないときがあります。
ひょっとすると、「正直者がばかを見る」という損得勘定が働いているのかもしれません。「まんまと火中の栗を拾わせ、依頼者はシメシメとほくそえんでいるのではないか」と疑っているのです。
その疑いがあるなら、依頼者もちゃんと汗を流して、チームに貢献することを伝えるようにします。あくまでもギブ&テイクであることを示すのです。
OK 「あなたが△△をするなら、私は○○をすることにしよう」
OK 「□□の部分は一緒にやろうよ。他に何か手伝えることない?」
OK 「次回は、必ず私が○○をするから、今回はお願いできないかな?」
それでも受け入れてもらえないなら、残る可能性としてあるのは、実現への懸念です。「言っていることは分かるけど、自分にできるだろうか?」と心配しているわけです。
残念ながら、ここで紙面が尽きたので、続きは次回に述べることにしましょう。
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日本ファシリテーション協会フェロー、日経ビジネススクール講師
1960年神戸生まれ。組織コンサルタント。大阪大学大学院工学研究科修了。84年から大手精密機器メーカーにて、商品開発や経営企画に従事。95年から経営改革、企業合併、オフサイト研修、コミュニティー活動、市民運動など、多彩な分野でファシリテーション活動を展開。ロジカルでハートウオーミングなファシリテーションは定評がある。2003年に「日本ファシリテーション協会」を設立し、研究会や講演活動を通じてファシリテーションの普及・啓発に努めている。
著書に『ワンフレーズ論理思考』『ファシリテーション・ベーシックス』『問題解決フレームワーク大全』(いずれも日本経済新聞出版社)、『チーム・ファシリテーション』(朝日新聞出版)など多数。日経ビデオ『成功するファシリテーション』(全2巻)の監修も務めた。