第12回「私は」 自分を主語にして語ろう!
「力を貸してださい!」と言われても……
先日、ある方から、新しく組織心理学の団体を立ちあげるので「発起人の一人になってほしい」とお願いされました。仕事柄、この手の話がよく舞い込みます。
リーダー格の人に会ってみると、延々と活動の意義を力説され、「ぜひ我々と一緒に」「力を貸してほしい」と懇願するのです。勢いに圧倒されてモゴモゴしていると、「どうすれば色良い返事がもらえるのか?」「なぜ、そんなにためらうのか?」と畳みかけてきます。
勘のよい方はお分かりのように、これはやってはいけない説得方法の一つです。優秀なセールスパーソンや交渉人はこんな手は使いません。
なぜかと言えば、すべてのメッセージの主語は「あなた」になっているからです。「あなたの力を貸してほしい」「あなたは、なぜそんなにためらうのか?」といったように。これだと「協力しない私が悪い」と非難されている気になってしまいます。
人は攻撃されると防衛スイッチが入ります。「そう言われても、忙しくて……」と言い訳をしたり、「これは私が決める問題です」と反発したり。結局、この時は活動内容の良しあしよりも、説得方法に違和感を覚えて、お断りをすることにしました。
心理学の団体なのに、心理の基本も知らないとはあきれます。それとも、研究ばかりして実践がおろそかになっているのでしょうか。後で聞いた話では、あまり人が集まらず、仲間内数人でほそぼそと立ちあげることにしたそうです。名を連ねなくてよかった……。
YouメッセージからIメッセージへ
チーム活動をしていると、自分の考えを誰かに伝える機会がたくさんあります。その目的は、多くの場合、こちらの期待する行動をとってほしいからです。そうすると、つい主語を「あなたは」にしてしまいがちになります。
たとえば、会議で遅刻してきた人がいたら、何といって声をかけるでしょうか。多くの方は、先ほどの事例のように、「あなた」が主語になってしまいます。
NG <(あなたは)なぜ、こんなに遅いんだ><(お前は)もっと早く来られないのか?>
どう見ても非難や攻撃をされている感じがして、これで遅刻癖が直るとは思えません。「スミマセン。次は頑張ります」という形だけの約束をさせるのがオチです。
それよりは、「私は」を主語にすると相手の受け止め方が違ってきます。
OK <(私は)遅いから心配したぞ><(私は)助かるよ。駆けつけてくれてありがとう>
今回お勧めしたいのが、「私は」(自分は、俺は、僕は)と自分を主語にする語り方です。英語のI(私)から「Iメッセージ」と呼びます。
これだと、責められている感じがせず、むしろ「迷惑をかけたのはこちらで、行動をあらためないといけない」という気持ちが芽生えます。ポジティブな側面に光を当てることで、ポジティブな行動を促すことにもつながります。
とりあえず「私は」を頭につけて語る
理屈は分かっていても、とっさに言葉がでてこなかったら意味がありません。You(あなた)もしくはWe(我々は)メッセージをIメッセージに変換する例をいくつか挙げておきますので、参考にしてみてください。
「(あなたは)一方的に言わないで」 →「(私は)こちらのお願いも聞いてほしい」
「(あなたは)私とは馬が合わない」 →「(私は)あなたがとても苦手なんです」
「(あなたは)やる気がなさすぎる」 →「(私は)もっとやる気があるとうれしい」
「(我々は)中止すべきじゃないか」 →「(私は)中止してほしいと思っています」
「(我々は)そんなことはありえない」 →「(私は)そんなことはあってほしくない」
「すぐには思いつかないなあ……」と思った方。とりあえず「私は」を頭につけて語ってみてください。それだけでも当たりが柔らかくなるはずです
NG 「(あなたは)なぜ、こんなに遅いんだ」
OK 「私は、なぜ、こんなに遅いかを知りたいんだよ」
あえて主語を置いてみよう
そもそも日本語では主語を省略することが多く、話の主体が誰なのかハッキリしません。日常会話では構わないのですが、あらたまって自分の考えを述べるときは、Iメッセージを使ったほうが、思いが届きやすくなります。
NG 「それはマズイですよ」
OK 「私は、それはマズイと思いますよ」
それに、「私は」と主語を置くことで、一般論(Weメッセージ)を話しているのか、個人的な見解なのか、立場が明確になります。Weなら、いつでもどこでも通用するかを吟味する必要があります。Iであれば、当人の考え方を変えることで、意見が変わる可能性がでてきます。
NG 「(我々は)とても無理です」→「いついかなる場合も無理だとどうして言えるの?」
OK 「私は、とても無理だと思います」→「あなたは、無理だと思っているんだね。どうして?」
自分の感情を語るときも、あえてIメッセージで語れば、少し気持ちと距離をおけるようになります。相手の行動は舵取りできなくても、自分の感情ならコントロールできるからです。
NG 「あいつのやり口にムッとさせられるよ」
OK 「私は、あいつのやり口にムッとするんだ」
人の心を動かす語り方がある
誰かを説得するときも、冒頭の事例のようにYouやWeから始めるのではなく、Iから語ったほうが、相手の心に響きやすくなります。たとえばこんなふうに。
相手を口説き落としたければ、まず「なぜ、このような行動をとるにいたったのか?」を、個人的な体験に基づいて語り始めます。次に、それが多くの人にとっても大切な問題であることを伝え、どんな価値を共有したいのかを話します。そして最後に、小さなことでもよいから、今みんなで行動すべきことを訴えます。
OK 「私は、会社をクビになって落ち込んでいたときに、一冊の本に出会いました」(セルフ)
OK 「私たちは、人と人が分断され社会の中で、多くの困難な問題に直面しています」(アス)
OK 「今、この新しい心理学を日本に広める活動を一緒にやっていきましょう」(ナウ)
これは、無関心だった人達に問題意識を抱かせ、解決に向けて組織的な行動を促す「コミュニティー・オーガニゼーション」と呼ばれる活動で使っている手法です。米国のプレゼンイベント「TED Conference」でも、多くの語り手が、このやり方で聴衆の興味と関心を引きだしています。What? → So What? → Now What? と覚えてもらっても結構です。
大上段から意義を訴えても人の心は動きません。個人的なエピソードを聞けば、あたかも同じ体験をしているような気持ちになり、それが人の心を揺り動かすのです。人を説得するにはIメッセージから始める。覚えておいて損はないテクニックです。
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日本ファシリテーション協会フェロー、日経ビジネススクール講師
1960年神戸生まれ。組織コンサルタント。大阪大学大学院工学研究科修了。84年から大手精密機器メーカーにて、商品開発や経営企画に従事。95年から経営改革、企業合併、オフサイト研修、コミュニティー活動、市民運動など、多彩な分野でファシリテーション活動を展開。ロジカルでハートウオーミングなファシリテーションは定評がある。2003年に「日本ファシリテーション協会」を設立し、研究会や講演活動を通じてファシリテーションの普及・啓発に努めている。
著書に『ワンフレーズ論理思考』『ファシリテーション・ベーシックス』『問題解決フレームワーク大全』(いずれも日本経済新聞出版社)、『チーム・ファシリテーション』(朝日新聞出版)など多数。日経ビデオ『成功するファシリテーション』(全2巻)の監修も務めた。