第17回「経験を言えば」 みんなでストーリーを語り合おう!
武勇談の裏にある思いとは?
企業合併で難しいのは、人、すなわち企業文化の融合です。仕事のやり方からコミュニケーションの方法まで、一つひとつ話し合って決めていかなければなりません。
交渉では、強いほうが優位に立ち、自分たちの文化で相手を染め上げようとします。それに弱いほうが激しく抵抗する、というのがよくある構図です。結論は明らかなのに、駄々をこねたり、いちいち難癖をつけてくるのです。私自身、これでほとほと困ったことがあります。
ある時、優位な立場の企業の交渉役を任せられました。楽勝ムードで臨んだところ、相手である古参の営業部長に手を焼きました。すべての面において「自分たちのやり方のほうが優れている」と一歩も引きません。そのやり方をしているから、実質的には吸収される羽目になったのに。
意地を張る理由を探ろうと思い、話し合いの後の懇親会の席で部長氏の横に陣取ることにしました。最初は、激しくやりあった後なので、ぎこちない会話が続きます。二人とも同時期に米国駐在していたことが分かったころから、話がはずみ始めました。
そのうち、相手が波乱万丈の会社人生を語り始めました。「へえ~」「うわ~」と相づちを打っていると、どんどん話が盛り上がっていきます。得意げに武勇談を語る姿を見ているうちに、何となく彼の気持ちが分かるような気になりました。わがままを言う理由が見えてきたのです。
一寸の虫にも五分の魂。プライドの問題であり、弱者にも敬意を払ってほしかったのです。こちらから今までの非礼を詫びると、「私こそ、わがままは分かっていたんだけど……」とようやく心が通い合いました。もちろん、翌日から交渉がスムーズにいったことは言うまでもありません。
物語を通じてバーチャル体験を味わう
今回のテーマは「経験(物語)を語る」です。ここ数年、注目を浴びている「ストーリーテリング」について考えていきます。フレーズとしては、そのものズバリ「経験を言えば」(事例を挙げると、キッカケを述べると、契機となったのは)です。
OK 「仕事は常に完璧に仕上げないと。そう考える元になった経験を語ると……」
前回述べたように、自分の思考や判断を理解してもらうには、大切にしている価値や信念を伝えないといけません。ところが、それが分かったとしても、「なぜその価値に着目したのか?」「どうやって信念を抱くようになったのか?」が分からないと腑(ふ)に落ちません。
「どんな環境でどんなふうに育ったのか?」「価値に気づくキッカケとなった事件は何か?」「どんな出来事を通じて価値を育んだのか?」を聞いて、ようやく本当の意味での理解ができます。
一番良いのは、タイムマシンに乗って同じ経験を味わってみることです。もちろん、そんなことはできません。せめてできるのは、物語を聴くことによって仮想(バーチャル)体験すること。これこそ物語の力です。だからこそ、ドラマ、映画、小説があれほど私たちを感動させるわけです。
誰かを理解するための一番の方法は、物語を語ってもらうことです。ビジョンや経営理念(あるいはその逆の危機感)もストーリーで語れば社員の心に響きます。
リアクションで話し手をリードする
最近、NHKの人気番組プロフェッショナルをまねた感動体験ムービーを作る会社がでてきました。社員の成功物語をつくり、チームづくりやノウハウ共有に役立てようというのです。とてもよい方法ですが、ライブでやれればさらに効果は高まります。たっぷり時間をとって。
話し手がうまく物語を語れるかは、聴き手の反応(リアクション)にかかっています。相手や話にしっかりと興味を持ち、やや大げさに言葉や態度で反応すれば、段々相手は乗ってきます。
それでも、話が深まらないようなら、少し助け舟となる質問をしましょう。
物語を味わうには、細かい情景描写が大切です。あたかも映画を見ているように、情景がありありと浮かべば、その場で同じ体験をしているような気分になれます。
OK 「それは、いつ、どこの話なのですか? その時に誰がいましたか?」(事実)
OK 「その時に、どんな感じ(気持ち)がしたのですか?」(感情)
OK 「その時に、何が見えていましたか? 何を聞いたのですか?」(知覚)
OK 「あなたは何をして、相手の人はどう応えたのでしょうか?」(行動)
OK 「周りの様子はどんなでしたか? その日はどんな日だったのでしょうか?」(環境)
それができた上で、少しずつ物語の意味を掘り下げていく、話が深まっていきます。
OK 「なぜ、その時はそうしたんでしょうね」(分析)
OK 「それって、結局、あなたとってどういう意味だったんでしょか」(意味)
OK 「その体験から学んだ大切なことは、どんなことですか?」(学習)
あらかじめ用意したネタはつまらない
一方、語り手のほうですが、何より先を急がないことです。
私たちには、物事を分析や解釈をしたり、「それは○○ということだったんだ」とオチをつけたくなる癖があります。早々と結末を話してしまうと、経験を語る意味がなくなってしまいます。
実は、擬似体験するのは語り手も同じ。経験談を語りながら、その時の情景や台詞を心に浮かべ、もう一度その時の体験を味わっているのです。
しっかり再体験した後で意味づけをすると、当時とは違った解釈が生まれるかもしれません。それが、ストーリーテリングの面白いところです。やるたびに新しい発見があるのです。
そのためには、あまり「考えてから語らない」ようにしましょう。
たとえば、飲み屋で毎度おなじみの自慢話をする人がいます。これは、ストーリーテリングとは似て非なるもの。新たな気づきが生まれてこず、単に承認欲求を満たすだけの行為です。
物語は話し手と聴き手との相互作用から生まれてきます。用意したネタを完璧にこなすのではなく、相手の反応や興味を観察しながら、その時その場で頭に浮かんだことを、話をしてみましょう。
本当に語りたいことは、語っているうちに生まれてきます。相手を変えれば、また違った物語が生まれてきます。それこそがストーリーテリングの醍醐味です。
OK 「そうだなあ……。たしか、あの時に彼が言ったのは……」
無意識の世界にアクセスしてみよう
私たちは、毎日いろんなことを考え、さまざまな決定をしています。ほとんどは深く考えることなく、直観に基づいて決めています。だからといって、いい加減な判断をしているとは言えず、直観のほうがホンネであることが多いのです。
機会があれば、こんな実験をしてみてください。イエスかノーか心底判断に迷うようなことがあったときに、コインを投げて裏表でどちらかに決めてしまうのです。いくら考えても決着がつかないのですから、これも一つの方法です。
イエスとなったら「よしやってみよう!」、ノーとなったら「やっぱりやめておこう」と心の中で唱えてみてください。それでスッキリしたならその判断は正しく、何かモヤモヤが残ったなら間違っています。損得を考えるまでもなく、直観がそう判断を下しているのですから。誰かに相談するというのも、結局これと同じことをしているケースがよくあります。
話を戻すと、予定調和の話ではいくらでも自分を繕うことができますが、アドリブではそうはいきません。その場その時に思いついたことを語っていくことは、自分でも気づいていない無意識の世界にアクセスする一つの方法です。「え、私って、そんなことを思っていたの?」と意外な自分を発見できるかもしれません。
自分が何を語りたいかは、語ってみるまで分かりません。だからこそストーリーテリングは面白いのです。
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日本ファシリテーション協会フェロー、日経ビジネススクール講師
1960年神戸生まれ。組織コンサルタント。大阪大学大学院工学研究科修了。84年から大手精密機器メーカーにて、商品開発や経営企画に従事。95年から経営改革、企業合併、オフサイト研修、コミュニティー活動、市民運動など、多彩な分野でファシリテーション活動を展開。ロジカルでハートウオーミングなファシリテーションは定評がある。2003年に「日本ファシリテーション協会」を設立し、研究会や講演活動を通じてファシリテーションの普及・啓発に努めている。
著書に『ワンフレーズ論理思考』『ファシリテーション・ベーシックス』『問題解決フレームワーク大全』(いずれも日本経済新聞出版社)、『チーム・ファシリテーション』(朝日新聞出版)など多数。日経ビデオ『成功するファシリテーション』(全2巻)の監修も務めた。