若き女性の恋愛、そして故郷へのホームシック
![]() |
いまや全米で最もトレンディーな街、ニューヨークのブルックリン。今回は、同地を舞台に移民の物語を描いた映画「ブルックリン」です。アイルランドからやってきた移民の若き女性、エイリシュがブルックリンで育んだ恋と、再び戻った故郷・アイルランドでの2度目の恋が美しく描かれています。
主人公のエイリシュ(2人姉妹の妹)を演じるのは名優シアーシャ・ローナンです。妹思いの姉ローズのおかげでブルックリンでの働き口を得たエイリシュですが、自分ひとりがチャンスを得てニューヨークに行くことに忸怩たる思いがあります。
生活するのがやっとで恋愛については興味がありませんが、渡米直前まで親友のナンシーがボーイフレンドをゲットする面倒を見てあげるといった、明るいお人好しの一面もあるエイリシュ。この映画のテーマは、恋愛にとどまらない、故郷へのホームシックだと考えています。
会話の空気感をつかめ
以下は、親友のナンシーとダンス・パーティーに向かう途中の会話です。恋の相手探しの絶好の機会なのに地味な服装のエイリシュに向かって、ナンシーが話しかけます。
Why don't you wear your blue dress?
(なぜ、あなたはあのブルーのドレスを着てこなかったの?)
ナンシーの意図をくみ取ってエイリシュは答えます。
Are you asking why I didn't make more of an effort? I suppose cause I'm going away.
(なぜもっと努力をしてこなかったのって聞いているのね。それってきっと私が故郷を離れるからだわ)
「恋愛に努力は付き物」という欧米的な価値観が見受けられる会話です。
エイリシュは渡航が近いことを理由に挙げていますが、ニューヨーク行きが目前に迫っていなくても地味な服装をしていたことでしょう。
こうした女性同士、友人同士の空気感をつかむのに最適な映画です。「女子会」の空気感には時代を超える共通点があります。
最高の見せ場のひとつ
物語はエイリシュ目線で描かれますが、人との出会いや友人との会話が人間味に溢れています。お金に絡む話も出てきますが、表面的ではなくハートにかかわるものがほとんどです。渡米前夜、荷造りをするエイリシュとそれを手伝う姉ローズの会話が最もそれを表しています。
仲の良い姉妹ならではのやりとりですが、心から信頼し合う2人のシーンは、この映画の最高の見せ場のひとつです。ぜひともきっちりリスニングしておきたい名場面です。「いつかニューヨークにも訪ねてきてね」と言った後、エイリシュが続けます。
(エイリシュ)And you'll look after yourself?
(ローズ)You don't have to worry about me.
エイリシュ「そしてお姉さん、くれぐれも体には気を付けてね」
ローズ「私のことは心配してくれなくていいから」
続けてエイリシュが「それと、私が故郷に戻ってくるのもね。でないと耐えられないから」と言うと、すでに涙目の2人は泣き崩れそうになりますが、姉のローズは涙をこらえて気丈に会話を続けます。
You haven't packed your shoes yet. They'll take up a bit of room. …. There!
(エイリシュ、まだあなたの靴をしまってないわ。靴で相当隙間が埋まるわ……ほらね)
エイリシュの荷物ケースのなかの服はわずかで、ほとんどが姉のローズが自分の生活を切り詰めて買ってくれたものばかり。2人の心は、深い愛情と癒しがたい別れの涙であふれかえっているのでした。
あのバフェットも少年時代ホームシックだった
「ホームシック」というと、タフな仕事文化で知られるニューヨークのウォール街には最も似つかわしくない言葉のように思われますが、実は、筋金入りの天才投資家ウォーレン・バフェットにもホームシックと戦っていた時期があったことをご存じでしょうか。1990年のインタビューで10代の自分を振り返り、こう語っています。
I was miserably homesick…I told my parents I couldn't breathe. I told them not to worry about it, to get a good night's sleep themselves, and I'd just stand up all night.
(わたしは、みじめといえるほどのホームシックだった。…両親には「息ができないほどつらい」と言った。でも、「大丈夫になったから心配しないで、ぐっすり寝てね」とも言った。そして私は一晩中、目を開けていた)
下院議員に立候補するといきなり当選してしまった父の仕事のため、当時12歳だったウォーレンとその家族は故郷のオマハから東海岸の首都ワシントンD.C.近郊に引っ越しますが、ホームシックになったウォーレンは、故郷と東海岸の行ったり来たりを繰り返すのでした。
その後、輝かしい経済的活動における業績を築き上げたウォーレン。彼が故郷オマハを基盤にして、ウォール街にはヴィジター(訪問者)としてしか来ないことは、このときのホームシックと無縁ではない気がしてなりません。
作品名:ブルックリン
原題:BROOKLYN
公開:TOHOシネマズ シャンテ他にて全国公開中
監督:ジョン・クローリー
脚本:ニック・ホーンビィ
原作:コルム・トビーン
出演:シアーシャ・ローナン/ドーナル・グリーソン/エモリー・コーエン/ジム・ブロードベント/ジュリー・ウォルターズ
製作国:アイルランド=イギリス=カナダ合作
配給:20世紀フォックス映画
◇ ◇ ◇
湯浅卓(ゆあさ・たかし)
国際弁護士
1955年11月24日東京生まれ。港区立白金小学校、麻布中学・高校を経て、東京大学法学部卒業後、UCLA、コロンビア及びハーバードの各法律大学院に学ぶ。国際弁護士としての専門分野はウォール街の銀行法及びIT法の2つだが、ウォール街でのワシントン担当の実務も行う。ワシントンでは複数年にわたり、現地のアメリカ人法律大学院生2年生、3年生の「国際比較法」(4単位)を担当し、英語で授業や試験、採点を行ったこともある。書籍や論稿、並びに政府や地方公共団体、シンクタンクなどでの講演も多数。
TOEICは、アメリカの名門、Educational Testing Service(ETS)の登録商標です。本連載では、『TOEICテスト新公式問題集』(国際ビジネスコミュニケーション協会)を推奨します。