早稲田大学ビジネススクール今村英明客員教授の「無常経営」:企業と経営者の進化論(4)
この連載は、企業や経営者を栄枯盛衰しかつ流転する無常な生物システムと仮定し、「ティンバーゲンの4つのなぜ」をツールとして、企業や経営者の進化を考える演習である。題材は、最近の日経ビジネスオンライン(NBO)や日経ビジネス(NB)の記事などである。「ティンバーゲンの4つのなぜ」とは、オランダの動物行動学者でノーベル賞受賞者のニコ・ティンバーゲンが考えた「生物の行動を本当に理解するために解明すべき4つの異なる『なぜ』」のことで、次の4つの問いである。
(2)究極要因:その行動はどんな機能があるから進化したのか?
(3)系統進化要因:その行動は、その動物の進化の過程で、その祖先型からどのような道筋をたどって出現してきたのか。
(4)発達要因:その行動は動物の個体の一生の中で、どのような発達をたどって完成されるのか?
4つの問いで、1つのビジネス事象を多面的に解析するスキルを学んでみよう。
「シャープの身売り」ケース
連載第4回目の演習テーマは、「シャープの身売り」だ。
シャープはここ数年業績悪化に苦しみ、数度の経営再建にも失敗し、遂に台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業(以下ホンハイ)に買収された。被買収にも色々な種類がある。中核事業が健全なうちにさらなる成長を目指してより強い他社の傘下に入る場合、同業他社と経営統合して業界再編を主導する場合、これらは、比較的ポジティブなものに類する。
しかし、シャープの場合は、液晶、液晶テレビ、太陽電池といった中核事業がガタガタ、二進も三進もいかなくなっての被買収である。切羽詰まって、泣く泣くする「身売り」だ。
おまけに、世界最高水準の液晶開発・生産技術という「お宝」を持ち腐れての身売りである。これはもう経営の失敗と言うしかないだろう。NBOコラム「シャープに陽はまた昇るか」のように、同社OBたちが株主総会で嘆き、憤激するのもよく理解できる。
「身売り現象」の至近要因
連載第4回となる今回は、「シャープが身売りする現象」を「4つのなぜ」で分析してみよう(図参照)。
至近要因は、「シャープが身売りする現象の直接の要因は何か?」という問いになる。これまでの記事や分析を総合すると、下記があげられる。
(1)液晶事業での過大投資:堺市に約4000億円の巨費を投じて建設した第10世代液晶パネルの巨大工場が市況悪化で不採算となった。
(2)太陽電池事業での調達失敗: コア素材であるシリコンの長期調達契約を高値で締結した後、シリコンと太陽電池の両方の需給が急落した。
【2】市場トレンドの読み間違い:【1】の投資戦略の誤りは、液晶パネルや太陽電池の市場トレンドの読み間違えによってもたらされた。
(1)液晶:液晶パネルの大型化、ハイエンド化を想定して、堺に垂直統合の大工場を建設した。しかし、実際は、スマホやタブレット用の中小型パネル化、低価格の標準部品を組み合わせるモジュール化へと変化したため、垂直統合の巨大設備は、競争力を失った。
(2)太陽電池:全世界的な太陽電池ブームを想定したが、材料手当てが遅れ、ブームに乗り損ねた。材料を調達すると、今度は政府の支援が縮小して市場が冷え込み、過当競争に陥ると同時に、材料相場も急落した。
【3】自主経営再建策の失敗:経営危機が顕在化した後、シャープ自身でも再建策が検討・実施された。しかし、経営幹部間の意志不統一、メインバンクの監督不全、ホンハイなどの支援企業との交渉不調などにより、事業再編や資産整理の遅れ・不徹底・チグハグが発生し、破たんを回避できなかった。
因果関係は、【2】→【1】→【3】ということになる。危機顕在化から身売りまで5年間、何とか持ちこたえたが、最後は会社の悪いところが全部出て、万策尽きた格好である。