第15回「気持ちを言えば」 チームは感情で動く生き物である
今からそっちに行って話をしよう!
最近、TV会議やウェブ会議など、オンラインで話し合いをする機会が増えてきました。わざわざ集まる必要がなく、必要なときにどこでも話し合いができて、こんな便利なものはありません。
反面、「言いたいことが伝わらない」「話がかみ合わない」という不満をよく聞きます。かえって話をこじらせてしまい、「今からそっちに行って話をしよう」となる場合も。これでは何をしているのか分かりません。オンライン会議特有のコミュニケーション法を知らないからこうなるのです。
オンライン会議では、表情、視線、態度、声のトーン、間合い、空気感といった、いわゆる非言語メッセージが十分に伝わりません。空気を読んで、互いの思いを察し合う私たち日本人には、かなり酷な環境だといえます。
飛躍的な技術の進歩が望めない以上、やり方は一つしかありません。すべて言葉で表すのです。
発言を始めるときは、目で合図する代わりに、「山田さんに質問があります」と相手を特定する。発言が終わったら「以上です」と締めて、発言の間合いを取りやすくする。
中でも大切なのが、感情を言葉で表すことです。伝わっているか不安だったら「分かりますかね?」と質問してみる。意見に賛同してくれる人がいたら「そう言ってもらえると嬉しいです」と感謝する。反論するときでも、「少し違和感があるのですが、いいですか?」と気持ちを先に述べる。
そうやって、すべてを言葉で表せるようになれば、リアル会議とそれほど変わらないはず。オンライン会議は、日本人のコミュニケーションスタイルを変える試金石になのかもしれません。
自分の気持ちを相手に届ける
前回は、ワケ(原因や目的)を伝えることの重要性をお話しました。実際には、人を動かすときは、それだけでは不十分。気持ちや覚悟が伝わらないと、意味が分かっても、やる気にならないからです。頭で理解するだけはなく、心に響いてこそ体が動きます。
そこで、今回紹介したいフレーズが「気持ちを言えば」(思いを語ると、今感じているのは、覚悟を伝えると)です。心の中に抱いた思いや感情を自己開示するときに使います。
NG 「力を貸してくれないか。なぜなら、会社が大変なときだから、みんな頑張るしかない」
OK 「力を貸してくれないか。正直な気持ちを言えば、このままで終わらせるのが悔しいんだ」
ただし、言葉だけでは気持ちは伝わりません。言葉以外のところに気持ちを込めるのが大切です。
感情を伝えるのに何が影響するのかを調べた有名な研究があります。それによると、身ぶりや表情などの視覚情報が55%、口調や発話スピードなどの聴覚情報が38%、話の内容である言語情報がたった7%しかありませんでした。
たとえば、「怒っていません!」と言って怒っている人がよくいますよね。「怒っていない」といいながら目や口元が起こっていたら、相手は怒っているととらえるのです。
感情に自覚的になるトレーニング
スポーツチームならまだしも、企業の中では、気持ちを口に出すことをはばかる風潮があります。感情を語る行為そのものを「不謹慎だ」「沽券(こけん)にかかわる」と考える人もいます。それが習わしとなって、自分が今どんな感情を持っているのか、分からなくなってしまった人もいます。
そんなときは、「チェックイン」から始めてみてはいかがでしょうか。会議や朝礼などの冒頭で、ウォーミングアップを兼ねて、「今の気分」「気になっていること」「終わった時にどんな気持ちでいたいか」などを、一人一言(30秒程度)ずつ参加者全員が語るのです。
OK 「では、私からチェックインしますね。今感じていることを言えば、提案する企画がみんなに受け入れられるかどうかが不安で……」
余談ですが、数年前に甲子園で春夏連続優勝を果たした、名将・我喜屋監督率いる沖縄興南高校。練習を始める前に必ずチェックインをやって、部員の感受性とチームの結束力を高めるのに活用したそうです。それが、監督が一挙手一投足を選手に指示するのではなく、ナイン自ら「考える野球」をつくる原動力となりました。
もちろん、話し合いが終わったときも、「今の気持ち」「最後に一言」などを語る「チェックアウト」をします。感情を表に出すことで、十分に発言できなかった方もスッキリできます。
最初のうちは、戸惑うかもしれませんが、すぐに素直に気持ちが語れるようになります。普段の会話の中でも、感情を表現することへのためらいが減り、チームのムードを変えるのに役立ちます。
感情的になってしまったときの対処法
時々勘違いする人がいるのですが、感情を語ることと、感情的になることは別物です。ここで述べているのは、気持ちを共有することがチームづくりに役立つ、という話です。
感情的になるとは、我(理性)を失って情動に支配されることです。下手をすると、どんどんエスカレートして相手を傷つけたり、恥ずかしい自分を露呈させてしまったりします(それで思わぬホンネが分かるという利点はありますが……)。どちらかと言えば、避けるべき行為です。
感情的になったときこそ、今心の中にある感情に自覚的になることが大切。一呼吸おいてから、Iメッセージ(第12回参照)を使って表してみましょう。そうすると、多少冷静さが戻ってきます。
OK 「ふざけるな! いい加減にしろ! 俺を何だと思っているんだ!」
OK 「今私は真剣に怒っています。いい加減、侮辱するのはやめてほしいと、腹を立てています」
逆に、感情的になっている人がいたら、やはりIメッセージを使って相手の感情をフィードバックするのが良い手です。
OK 「(私には)あなたが真剣に怒っているように見えます。いい加減、侮辱するのはやめてくれと、おっしゃっているような気がしますが、違いますか?」
それでもダメなら、行動をコントロールします。「大きな声で驚かせないでください」「座って話をしましょう」「そこは大切な話ですから、もう一度ゆっくりお願いします」といったように。行動と感情は密接に関わりあっており、行動のレベルやスピードを落とせば感情も落ち着きます。
組織の暴走に加担する「やましい沈黙」
感情を語り合うからといっても、それで物事を決めようと言うのでもありません。
どんな組織でも、長く続けているうちに、組織の秩序を守り、組織を維持・拡大することに重きがおかれるようになります。そうなってくると、プライド、意地、功名心、ライバル意識、権力欲といったドス黒い感情がうごめくようになります。
これら二つが重なると合理性なんか吹っ飛んでしまい、組織の理論が優先されるようになります。すべてのことが組織の存続に都合よく解釈され、暴走を止めることができません。そのことは、数多くの企業の不祥事や無謀な戦争へ突き進んだ旧日本軍が証明しています。
しかしながら、後で検証すると、関わったメンバーの一人ひとりは、苦悩や葛藤の中で組織の論理に飲み込まれていったことが分かります。明らかにおかしいと思うことに対して、誰も素直な気持ちを語れず、「やましい沈黙」に終始したからこそ、暴走を止められなかったわけです。
つまり、みんなが感情を語ることは、チームの結束力を高めると同時に、あらぬ方向に走り始めたときのストッパーにもなるわけです。
誰かが勇気を持って気持ちを語れば、必ず共感する人が現れます。それはいずれ、組織の論理に立ち向かう大きな力となります。そう信じて、「今感じていること」「今心に抱いていること」を率直に口にできる、風通しのよいチームを目指すようにしましょう。
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日本ファシリテーション協会フェロー、日経ビジネススクール講師
1960年神戸生まれ。組織コンサルタント。大阪大学大学院工学研究科修了。84年から大手精密機器メーカーにて、商品開発や経営企画に従事。95年から経営改革、企業合併、オフサイト研修、コミュニティー活動、市民運動など、多彩な分野でファシリテーション活動を展開。ロジカルでハートウオーミングなファシリテーションは定評がある。2003年に「日本ファシリテーション協会」を設立し、研究会や講演活動を通じてファシリテーションの普及・啓発に努めている。
著書に『ワンフレーズ論理思考』『ファシリテーション・ベーシックス』『問題解決フレームワーク大全』(いずれも日本経済新聞出版社)、『チーム・ファシリテーション』(朝日新聞出版)など多数。日経ビデオ『成功するファシリテーション』(全2巻)の監修も務めた。