映画の中のせりふを、ビジネスシーンに置き換えて考えます。
100%攻めの発想をものにしよう
2人の女王姉妹の会話と、インタビューに答える名経営者ジャック・ウェルチの言葉に共通するものがあるとしたら? そんなおとぎ話のような発想で、公開中の映画「スノーホワイト 氷の王国」に挑みたいと思います。
ときにユニークな角度から物事をとらえることで、大きなひらめきを引き寄せるウェルチのビジネス感覚と、100%ポジティブな攻めの発想を自分のものにできれば、ビジネス・エグゼクティブとしても大きな進化を遂げるはずです。
女王には、実は、妹がいた!
グリム童話に出てくる、魔法の鏡に向かって「鏡よ、鏡よ」とたずねるセリフで有名な女王ラヴェンナ(シャーリーズ・セロン)。その彼女には、実は、心優しい妹がいた、という設定にもとづいて制作された映画は、人間ドラマとしても非常に見応えがあります。
悪を代表する女王ラヴェンナに対し、不幸な出来事の連続で人間の愛をどうしても信じられなくなる氷の女王、妹のフレイヤ(エミリー・ブラント)。2人の姉妹の物語は、グリム童話の番外編というよりも、すさまじい迫力の現代劇となっており、愛が持つ多様な側面を考えさせる深みのある映画です。美しい映像と壮絶なアクション・シーンが、その緊張感に拍車をかけています。
「弱点」についての考え方の違い
ただのゲームと思いきや、負けた相手の命を艶然と奪う悪の女王ラヴェンナが、別のシーンでは妹の女王フレイヤに対して非常に緩い感じでゲームをしています。妹が、「姉さんはいつも私を勝たせてくれる」と優しい口調で言うと、姉はこう言います。
I suppose you are my weakness. (どうやら、あなたが私の弱点ってことね) |
海千山千のラヴェンナが、意外にも自分の弱点をさらけだしたように思えますが、そうではありません。というのも、アメリカ社会で「弱点」という言葉は、日本のように情緒的なものではなく、もっと論理的なものだからです。
たとえば、人事面接です。my weakness(私の弱点)と聞けば、アメリカのビジネス・エグゼクティブの多くが人事面接を連想するでしょう。企業の採用面接で必ず聞かれるのが、次の質問です。
What's your biggest weakness? What's your greatest weakness? |
biggestのほうがgreatestよりカジュアルな感じが強いですが、いずれも口語文で「あなたの最大の弱点は何ですか?」という意味です。
もしも、ラヴェンナのセリフで採用面接に臨んだら
理解を深めるために、ラヴェンナの名セリフを暗記して採用面接に臨んだと仮定してみましょう。ひょっとすると、次のように答えるかもしれません。
What's your biggest weakness? I suppose the answer would be my fascination with your corporation. (それは、貴社の魅力に夢中だということでしょう) |
ラヴェンナのセリフが、非常に際立ったユニークなものであることがわかります。ただし、実社会では、こうした奇抜な答えが面接官に好まれない場合も多々あるのでご注意ください。やはり、実社会は魔法の世界とは違うのです。
とはいえ、たくましい仕事師として論理的な答え方ができるか否かを面接官は判断します。採用面接に臨んだなら、相手を思わずうならせ、納得させる論理を展開しなければなりません。
相手を思わずうならせるウェルチの言葉
そこで注目したいのが、ゼネラル・エレクトリック(GE)の元CEO、ジャック・ウェルチの名答です。以下は、2007年のインタビューでの回答です。インタビュアーが、それまでのウェルチの経験談を総括して、次の質問をしました。
「経営者としてのあなたの最大の長所は、皆を鼓舞したことだ、とあなたはお考えです。では、あなたの最大の弱点は何だったのでしょうか?」
あなたなら、どう答えますか。そして、ウェルチはどう答えたのでしょうか。
If I had a weakness, maybe it was a weakness and a strength. (もし弱点が私にあったとすれば、たぶんそれは弱点であり、長所だったのです) |
この答えは、次の2点で絶妙だといえます。ひとつは、アメリカでの面接の鉄則「欠点を聞かれたら、長所も引き合いに出せ!」に適っていること。これはアメリカの定石なので、大いに活用すべきです。
もうひとつは、ウェルチならではの、魔法のような見事な切れ味のある英語の言い方です。ここまでマジカルな言葉の綾を出せるのは、経営者のなかでもウェルチをおいて他にいないでしょう。
すなわち、If節に動詞の過去形が入ると、自然に「現在の事実とは異なる仮定法過去」に聞こえてしまう、ということです。これによって、現在の事実と異なる仮定法のような余韻が残る、すなわち、「弱点らしい弱点はない」というニュアンスが強く伝わります。
インタビュアーは、経営者として第一線を退いたウェルチに対して、「あなたの経営者としての最大の弱点は何だったか」と過去形で尋ねているのですが、ウェルチは過去だけでなく、現在や未来にも通じる真実の話として答えようとしているのです。
ポジティブ思考の奥義を究めろ
たとえば、次のような生き生きとした文章が、上記のウェルチの答えに続きます。
I can kick and hug with equal capability. I'm in the game. (私は、人々を叱ったり、感激して抱きしめたり、同じ才覚でできるんだ。試合中〔の監督〕と同じさ) |
これによって、過去や現在というより「普遍的な事実」となります。特に「試合中」という言葉は、「いまも昔も、これからもそうだ!」という意思表明が込められた、すさまじくポジティブな言葉です。
ここまでお話しすれば、もうおわかりでしょう。質問に誠意を持って答えつつ、インタビュアーの耳には「If I had a weakness(〔事実ではないが〕私に弱点があると仮定するなら)」が、「弱点があればだが、それは弱点ではない」という迫力満点のイメージで伝わっているのです。まさに、ポジティブ思考を極めた天才ウェルチならではの究極の言葉の魔法です。
高速の攻めのリズムにも注目
また、ウェルチの英語そのものが、前向きな迫力に満ちた、高速の攻めのリズムです。TOEICのリスニング問題も、ウェルチほどではありませんが、攻めのリズムの英語が頻出します。その背後にある100%ポジティブな発想をものにしておくと、そうした攻めの英語にも対応できる力が養えるでしょう。
ウェルチの言葉の魔法に思いをはせつつ、2人の女王姉妹の運命のうねりと映像の魔術をご堪能ください。
作品名:スノーホワイト/氷の王国
原題:The Huntsman:Winter's War
公開:公開中
配給:東宝東和
監督:セドリック・ニコラス=トロイヤン
脚本:エヴァン・スピリオトポウロス、クレイグ・メイジン
製作:ジョー・ロス
製作総指揮:サラ・ブラッドショウ、パラク・パテル
出演: クリス・ヘムズワース/シャーリーズ・セロン/エミリー・ブラント/ジェシカ・チャステイン/ニック・フロスト 他
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湯浅卓(ゆあさ・たかし)
国際弁護士
1955年11月24日東京生まれ。港区立白金小学校、麻布中学・高校を経て、東京大学法学部卒業後、UCLA、コロンビア及びハーバードの各法律大学院に学ぶ。国際弁護士としての専門分野はウォール街の銀行法及びIT法の2つだが、ウォール街でのワシントン担当の実務も行う。ワシントンでは複数年にわたり、現地のアメリカ人法律大学院生2年生、3年生の「国際比較法」(4単位)を担当し、英語で授業や試験、採点を行ったこともある。書籍や論稿、並びに政府や地方公共団体、シンクタンクなどでの講演も多数。
TOEICは、アメリカの名門、Educational Testing Service(ETS)の登録商標です。本連載では、『TOEICテスト新公式問題集』(国際ビジネスコミュニケーション協会)を推奨します。