第10回 優良事例から学ぶ「ベンチ―マーキング」
■批判を浴びる政治家の視察旅行
かかった費用が約5000万円にもなったというから驚きます。往復ファーストクラスの飛行機を使い、都の条例が定めた宿泊費の上限を大きく上回る高級ホテルのスイートルームに泊まった、と言われています。庶民感覚からすれば、大名旅行と見られても仕方ない金額だと言わざるをえません。
政治家の視察旅行については、以前から批判が出ていました。最終的には、「視察から何を学んだのか?」「投下した費用に見合う成果があったのか?」で判断するしかありません。
参考にするだけで何もしないのは論外としても、見聞した話をそっくりそのまま持ち帰る失敗が後を断ちません。「○○でやっている△△をぜひウチでもやろう」というパターンです。
なぜ、これがいけないかと言えば、国や地域によって事情がまったく違うからです。そのまま猿まねをしてもうまくいくわけがありません。
それに、華々しい成功の陰には、たくさんの人々の創意工夫や血のにじむような努力があります。残念ながら、それらは通り一遍の視察では見えてきません。
つまり、持ち帰るべきは、見聞した事実ではなく、成功の本質的な要因です。
五感を総動員していろんな情報を集め、一般化できる成功要因を洞察し、自分たちなりの新たな応用を考える。それが、他者の経験から学ぶときの正しいやり方です。
■ベストプラクティスを探し出す
最も優れたやり方をしている人や組織を見つけ出し、自分たちのやり方と比較や分析を加え、それをヒントに問題解決を図っていく。これを「ベンチマーキング」と呼びます。
働き方改革においても、横並び意識の強い日本社会の特徴として、「ヨソは何をしているんだ?」「世間ではどうなんだ?」という声が必ず上がります。しかしながら、事例を集めただけではベンチマーキングなりません。正しいやり方でやらないと、期待する成果が得られません。
まずは、どんな問題を解決するために、何をベンチマーキングするのかを考え、先進的な事例との比較項目を設定します。たとえば、平均労働時間を10%短縮するために、といった具合に。
次に、ベンチマークする相手(ベストプラクティス)を組織の内外から探し出します。競合でも他の業界でも企業以外でも構いません。できるだけ幅広く事例を集め、最も高いパフォーマンスを見せているものを見つけ出します。
さらに、ベストプラクティスに関する情報を集め、自分たちに比べてどこがどう優れているのか、ギャップの大きさを分析していきます。さらに、なぜ相手は優れているのか、なぜ自分達とギャップがあるのか、ベストプラクティスの成功要因を見つけ出します。
最後はいよいよ応用です。いつ、どれくらいのレベルまで相手を上回るのか、改革の目標を設定します。それに向けて何ができるか、具体的なアイデアや行動計画に落とし込んでいきます。着実に実施し、結果を評価してまた改善を加える、PDCAサイクル(第5回)を回していきます。
■ベンチマーキングの4タイプを使い分ける
ベンチマーキングのポイントの一つは、ペストプラクティスの選び方にあります。
ともすると、事例をそのまま生かしたくて、身近なところを選んでしまいがちです。働き方改革で言えば、社内の他の部門や業界内のトップ企業を参考にしようとするのです。
悪くはないのですが、下手をするとすでに世間に知られていることを確認するだけになる恐れがあります。手間暇かけた割には、目からウロコの発見が得られにくかったりします。
うまくコネが見つかるのなら、同じ業務をしている他の業界や、他の業界で類似性のある業務をしている部門のほうが、ユニークなアイデアにつながる可能性が高くなります。
製造業で言えば、サービス業(外食、流通、ITなど)や非営利組織(行政、学校、NPOなど)の事例を調べるのです。
![]() |
■ギブできない人はテイクできない
もう一つポイントとなるのが「どうやって成功の秘訣を見つけ出すか?」です。
「へえ、凄い!」と感心して終わったり、「あんな真似はできないよ」と諦めたりしていては、やる意味がありません。ベストプラクティスの取り組みの中に、普遍的なものや一般化できるものはないか。鋭く見抜く感受性と洞察力が求められます。
そのためには、オープンにされている情報を集めて分析するだけでは不十分です。
やはり、実際に「現場」に足を運び、「現物」を自分の目で見て、直接話を聞かないと「現実」は分かりません。オフレコで裏話を語り合う時間も重要です。
とはいえ、相手に与えるメリットがないと、用意されたおなじみのネタ話でお茶を濁されてしまいます。何かテイクできるものがないと、相手はギブしてくれません。
たとえば、私が視察先を訪れるときは、必ず一緒にワークショップをやって、アイデアを置き土産にしています。相互にベンチマーキングするのも一法です。めぼしい情報が得られなかったら、相手を責めるのではなく、こちらから与えるものがなかったと反省するべきでしょう。
◇ ◇ ◇
日本ファシリテーション協会フェロー、日経ビジネススクール講師
1960年神戸生まれ。組織コンサルタント。大阪大学大学院工学研究科修了。84年から大手精密機器メーカーにて、商品開発や経営企画に従事。95年から経営改革、企業合併、オフサイト研修、コミュニティー活動、市民運動など、多彩な分野でファシリテーション活動を展開。ロジカルでハートウオーミングなファシリテーションは定評がある。2003年に「日本ファシリテーション協会」を設立し、研究会や講演活動を通じてファシリテーションの普及・啓発に努めている。
著書に『ワンフレーズ論理思考』『ファシリテーション・ベーシックス』『問題解決フレームワーク大全』(いずれも日本経済新聞出版社)、『会議を変えるワンフレーズ』(朝日新聞出版)など多数。日経ビデオ『成功するファシリテーション』(全2巻)の監修も務めた。